終わりと始まりの春 ~夢と目標~

1970年大阪万博をきっかけに開発され進化し続けた街・千里は
気がつけば桜満開です。
ある意味、人工的・計画的な街の為か?
毎年この時期、街中を車で走ればきれいな桜並木があちこちで見られます。
通り道での桜見物にもコマラナイ街です。
植樹年数が経ち、樹木年齢的にも今が花盛りなのかもしれません・・・
とは言え、新旧交代・再開発等々街の至る場所での変化は否めません。

今春またひとつ30年越えの大型スーパーが完全閉店します。
店舗棟と駐車場棟に掛かる陸橋から毎年何気に眺めている桜。☜左の写真
スーパーの成長と共に桜が育ち、一昔前は物足りなかった花々も
今では立派な花々が咲き誇るまでになっています。

閉店後の開発如何意により、もしかしたら今春で見納めかもしれません・・・
変わらないと思っていた場にも終わりが来ました。

エキスポ70’ 高度成長時代の勢いを感じるワクワクした未来に期待いっぱいの万国博覧会でした。
世界中から多くの人々が日本へ・・・関西へ・・・大阪へ・・・千里万博会場へ・・・
私自身、とにかく多くの外国人を実際の目で見た!?初めての体験でした。
大阪の小中学生の間では、外国人にサインを貰う!なんて事が大流行した面白話もありましたね。

2021年春、東京オリンピック・パラリンピック開催賛否問題深刻な中、
聖火リレーが始まっています。
テレビをつければ連日、甲子園球場で高校野球が行われています。
開会式は当日試合する選手のみの行進。
残りの選手は前撮り?のリモート行進がスクリーンに映し出される演出。
それでも少し緊張しながら誇らしげに行進する選手の姿に感動をしたことは言うまでもありません。
ここまでこぎつけるにあたり、どれだけの人々の努力と知恵・時間が費やされたのでしょう。
当たり前が当たり前でない今。
本当は毎年・毎回、当たり前のように行われてきた事全てに、
人々が気付かない多くの努力の賜物であることを改めて知らしめることとなっています。
何一つ、当たり前のことなど無いのです。
それぞれの分野・場所で、それに関わる人の思いが当たり前を創り出している事を
改めて全ての人が感じないといけません。

終わる事で始まる事もあるのです。
仕切り直し!も有りの選択です。

やり続ける事を選択するのであれば、覚悟が必要です。
自由を求める以上、責任は伴います。
好き勝手な自由などありません。

貴方の欲しいモノ・手に入れたいモノへの代償は?
童話で人魚姫は足を手に入れる為に声を失いました。
それでも希望を叶えて人間の世界へ飛び込んだ人魚姫。
ギブ&テイクのわかりやすい約束です。

足が欲しいと騒ぐのはいいでしょう~~
自ら望んでその先は・・・
なぜ?おかれた立場・環境で知恵を絞らなかったの❓努力しなかったの❓❓

私は思うのです、何かできる事はあったはず!って。
手紙を書くかな?
折角ならば美しい文字が書けるよう練習するかな?
絵・イラストも書き添えるかな?
きれいな便箋を探すかな?
素敵な香りを身にまとうかな?
手話の練習するかな?手話を周囲の人に教えるかな??
・・・・・
人魚姫の最大の失敗は何でしょう?

夢と目標の区別が出来なかったこと。

貴方が人魚姫ならば・・・どうしますかね??

卒業の季節はチャンス

年度末のあわただしい時期。

思い出との別れに少々さみしく思う人、やれやれ?と思う人、次へとワクワク思う人・・・と
それぞれでしょう。別れと出会いの繰り返しが人生です。
覚悟して終わらせるとこで新しい何かが!始まります。何事にもケジメが大切。
あれもこれもやり掛け?途中??放棄??
忘れた・・・忘れたふり?はいけません。
少々心が痛んでも自分なりにキチンと区切ることをお勧めします。

なんとなく始まって、なんとなく終わる。終わった?終わったかな??は
自分にとって終わってはいないのです。

区切りは人それぞれ、思い立ったが吉日・・・と申します。
いついつまでに!は自分で選べます。誕生日、新年、年度末・・・

新しいことに踏み出すにはまず少しでも出来るところから、過去の大掃除です。
自分なりのケジメをつけて次に向かってください。
片手にお荷物を抱えたまま次に抱えるものは、なんでしょう?
次のチャンスを両手で抱えることが出来るよう、まず今抱えているなかで卒業させるものがあるのか?
今一度考えてみてくださいね。

特に環境を変える必要がある人は人生の大掃除のチャンスです。
今まで必要だったけどこれからも必要ですか?
なんとなく持ち続けるのではなく自分が必要として持ち続ける事を選べる!
選択できる自分が大切です。

これもよくある話ですが、実家を倉庫代わりにしていませんか?
自分はそんな気はなくても置いて行かれた実家は過去に埋もれた生活を強いられます。
実家に目に見えない迷惑?をかけていることを少しは自覚してくだされば・・・と願います。